・ BGM Selection
  ・ Gabriel's Oboe — Ennio Morricone(映画「ミッション」1986より)
    ・ 再生リスト(選定中)
    ・ 映画断片を含む:先住民の前でオーボエを吹く宣教師の場面
      ・ → その後、オーボエが折られる
      ・ 象徴:音楽(希望・対話の媒体)が暴力によって物理的に断たれる
      ・ しかし旋律は残る = 「折られても消えない何か」

・ テーマ:混乱した世界を経済学的視点から捉えなおす

■ 今回 5/7 の話題(準備メモ)


Donald Trump
from Wikipedia

Benjamin Netanyahu
from Wikipedia

Ennio Morricone
from Wikipedia

Charles Bronson
from Wikipedia

■ 前回からの問題意識の変化

・ これまでのフレーム ・ 「変質社会主義 vs 民主主義・法の支配」という対比軸 ・ プーチン・習近平 → このフレームで整理できた ・ フレームの崩壊 ・ トランプ&ネタニヤフ問題 → 基準軸そのもの(民主主義・法の支配)が揺らいでいる ・ 「変質社会主義」への批判に使っていた基準を、民主主義の側が自ら壊している ・ → 「何を基準に考えればいいのか」という根本問題

■ 今回の別のアプローチ候補

・ 視点1:コスト外部化の構造(経済学的軸) ・ 体制の違いに関わらず使える分析軸 ・ プーチンのウクライナ侵攻 → コストはウクライナ市民・欧州・地球環境へ ・ ネタニヤフのガザ・イラン攻撃 → コストはガザ市民・中東全体・国際秩序へ ・ トランプの関税・同盟破壊 → コストは同盟国・将来世代・グローバル経済へ ・ → 「誰がコストを負担するか」は体制を問わず問える ・ → 本荘 2019 論文(雇用・マクロ)の視点からこの構造をどう見るか? ・ 視点2:峰不二子から入る(sympathy の条件) ・ Rinko さん(Angels)の動画:ルパン三世「ラヴ・スコール」カバー(2026-05-02公開) ・ 〜峰不二子のテーマ〜 / Sandra Horn Band cover ・ 動画リンクAngels チャンネル ・ 峰不二子 = 「制度の外側に正直にいる存在」 ・ 国家・法・組織に縛られない。ルパンにさえ平気で裏切る ・ しかし**自分自身の美学と一貫性**がある ・ 「私は何者か」が明確 ・ 欲望に正直で偽善がない ・ 裏切るときも「不二子らしい理由」がある ・ → 観客は sympathy を感じられる:彼女の内面の論理が**読める**から ・ Adam Smith TMS との接続 ・ sympathy の前提 = 相手の内面の論理が想像できること ・ 不二子は「嘘をついても嘘つきではない」= 内的一貫性がある ・ → 制度の外にいても sympathy は成立する ・ 現実の世界指導者との対比
人物 制度との関係 内的一貫性
峰不二子 制度の外に正直にいる ある
トランプ 制度の内側にいながら壊す ない
ネタニヤフ 制度を利用しながら破壊 ない
      ・ トランプ・ネタニヤフ = 「民主主義を語りながら民主主義を壊す」
        ・ その場その場で変わる → 内面の論理が読めない → sympathy が生まれない
      ・ → 「制度が機能しないとき、人は何に信頼の根拠を置くか」という問い

    ・ 自治会会計問題との接続(ミス vs 意図的遮断の分岐)
      ・ 3件の不正疑義(山村修平氏、2026-05-06連絡書)
        a) 集会所鍵修理代16,500円の費目処理ミス
           → 理解不足によるミス → sympathy は成立する(意図がない)
        b) 交際費10,518円(証拠書類なし)
        c) 募金送金21,400円(証拠書類なし)
           → b・c は意図的な可能性
           → Adam Smith TMS:impartial spectator(内なる公正な観察者)の声が
             聞こえているが従わない選択 = sympathy の「機能不全」ではなく「意図的キャンセル」
      ・ ミスと故意の分岐 = sympathy の根拠と崩壊の分岐点
        ・ ミス → 当人の視点から見えていなかった → 想像で補える → sympathy 成立
        ・ 故意 → 声が聞こえているのに聞かない → 想像の余地がない → sympathy 崩壊
      ・ プーチン・ネタニヤフとの構造的類比(スケールは異なる)
        ・ 違法・違反の認識 +「自分には理由がある」= impartial spectator の声の意図的キャンセル
        ・ これが sympathy を不可能にする本質

  ・ 視点3:Ennio Morricone の2曲
    ・ 「Once Upon a Time in the West」
      ・ 前回(2026-04-02)のBGMとして使用
        ・ チェロとヴォカリーズによるカバー版(YouTube で偶然発見して採用)
      ・ 後から判明したこと
        ・ セルジオ・レオーネ監督の西部劇「ウエスタン」(1968)のメインテーマ
        ・ Ennio Morricone(1928-2020)の作曲
        ・ 世界中の多くの演奏家によってカバーされている
    ・ 「Gabriel's Oboe」(ガブリエルのオーボエ)
      ・ 映画「ミッション」(The Mission, 1986)よりMorricone作曲
      ・ Once Upon a Time in the West の流れで発見し、気に入った
    ・ 2曲の対比(同じ作曲家、異なる世界)
対比軸 Once Upon a Time in the West Gabriel's Oboe
世界 法なき辺境(西部) 制度の内側(教会・植民地)
暴力の性格 剥き出し・可視的 制度に包まれた暴力
sympathy の向かう先 荒野に消える命 理想を抱いて滅びる者
      ・ 共通点:どちらも「美しさの中に喪失がある」
        → Morricone の技法:暴力・死・敗北を美しく聴かせる
        → これ自体が sympathy の問い:悲しいものが美しく聴こえるとき、何が起きているか
    ・ 今回の対話での位置づけ
      ・ 本荘さんは「Once Upon a Time in the West」を知らなかった
        → 背景(レオーネ、1968年、Morricone)を含めて紹介し、2曲を鑑賞する
      ・ YouTube で人気の理由(これまでの私の理解)
        ・ Charles Bronson が駅で3人に迎えられる冒頭シーン
        ・ 「馬を連れてきたよ」→「2頭多い(You brought two too many)」
          → 自分は生き残り、3人とも倒す、という意味
          → 余分な言葉を一切省いた「すでに決まっている男」の静けさ
        ・ YouTube のコメント欄を共感が埋める = この「静かな必然性」へのシンパシー
      ・ 「敗者の曲」という読みは新しい解釈
        ・ シーン単体では「勝者の美学」に見える
        ・ しかし映画全体・音楽が載せているのは「消えゆく西部」への哀惜
        ・ Bronson 自身も「復讐を果たして去る者」= 勝者ではなく、喪失の側にいる
        ・ → 同じ作品が「カッコよさ」と「哀惜」の両面を持つ = Morricone の技法の核心
    ・ 対話テーマとの接続(候補)
      ・ 「静かな必然性」= impartial spectator が声を発する前に、すでに結果が見えている状態
      ・ Bronson のセリフの「経済性」→ 本荘 2019 論文の効率・均衡の話への橋渡し?
      ・ (雑談を続けて整理予定)

  ・ 対話構成の候補
    1. Rinko さんの動画 → 「なぜこれに心が動くか」
    2. 峰不二子 → 「制度外の行動者」への sympathy の条件
    3. ミス vs 意図的遮断 → sympathy の根拠と崩壊の分岐点(自治会↔世界指導者)
    4. Morricone と西部劇 → (整理予定)
    5. 経済学的軸(コスト外部化)へ

  ・ 未整理の問い
    ・ (雑談を続けて追記)

■ 世界情勢スナップショット(2026-05-07)

・ (当日の状況を追記) ・ 参照 ・ 本荘 2019 論文(雇用・マクロ経済)Adam Smith TMS 研究メモ前回 2026-04-02(輪番制・コミュニケーション・ギャップ)Dialogs with Professor Y. H.